01 京うちわ
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うちわは、扇ぐためだけのものじゃなかった。京うちわ10代目に聞く「打ち払う」の話
今回は、京都の“飾りうちわ”職人、10代目・饗庭智之さんに伺った『京うちわ』についてまとめてみました。うちわって「扇ぐもの」というイメージしかなかったんですが、話を聞いてみると全然違う顔が見えてきて。悪魔を打ち払う道具だったとか、贈答品だったとか、正直知らないことだらけでした。
悪魔を打ち払う「うちは」、その名前の由来
まず驚いたのが、うちわの語源です。
「打ち払う翳(かざし)→打つは→うちは→うちわ」
なんと、もともとは悪魔を打ち払うための神事の道具だったという説があります。高松塚古墳の壁画には、お姫様の顔を人目にさらさないよう、侍女が大きなうちわを持っている絵が残っていて、これがもう一つの起源「翳」にあたります。
もう一つの起源は、大きな葉っぱで雨をしのいだり、虫除けにしたり、風を起こしたりしたこと。今のうちわの使われ方に近いのはこちらです。この2つの起源が、室町時代に竹と紙のうちわとして合体し、安くて親しみやすい素材だったこともあって、一気に民衆に広まっていきました。
京うちわが生まれたのは南北朝時代。出雲を通じて大陸から朝鮮うちわなどが伝わり、戦乱がおさまった頃に京都で広がりました。さらに、御所の彩色を手がけていた狩野派の日本画家たちが、御所で使われていたうちわにも彩色を施すように。それがあまりに美しく『御所うちわ』として評判になり、装飾性の高いうちわが流行した。
構造にも京うちわならではの特徴があって、面の部分と柄の部分を分けて作る「挿し柄構造」。この作り方をしているのは、日本では京都だけです。面と柄を別に作ることで、骨(竹ひご)を細く、数多く入れられるようになりました。「昔は手の込んだものが上等物という風習があった」という饗庭さんの言葉、なるほど。
そしてもう一つ意外だったのが、うちわは「買うもの」ではなく「贈るもの」だったという話。夏になると、お米屋さん、お魚屋さん、呉服屋さんといったお店が、自分のお店の名前が入ったうちわをお中元として配っていました。今でいうと、舞妓さんが名刺代わりにうちわを配っているのが、それに近い感覚かもしれません。うちわ、扇子、カレンダー、手ぬぐい、熨斗(のし)……これらは全部、「贈答文化」に支えられてきたものでした。
材料職人がいなくなったら、竹の加工まで自分たちでやる
うちわに欠かせないのが竹の骨。ですが饗庭さんの工房がお世話になっていた「骨師さん」(竹をうちわの骨に加工する職人)が、10年前に廃業してしまった。原因は、中国への需要の高まり。材料屋さんは単価を大きく変えられないので、需要が減っても対応しきれないという構造があります。
「作り手がいなくなるということは、ものがなくなるということ」
饗庭さんはこう言い切ります。実際にとった対策が本気でした。京都の伝統工芸校から竹の加工専門で若い人を雇用し、廃業前の骨師さんのもとへ1年ほど修行に。ただ、修行に出しても骨師さんは肝心なところは見せてくれないし、教えてもくれない。それでも右往左往しながら技術を持ち帰り、竹の加工を自社でできる体制に。さらに、木材を削る機械まで工房に導入した。
「これはもう、気狂い沙汰です」
饗庭さんはそう笑いながら話していましたが、紙を漉く以外の工程は、ほぼすべて自分たちの工房で完結させている。7人の職人さんで、どこかに穴が空きそうになるたびに手を回しながら守っている。工芸の世界は、技を守るだけじゃなく、材料や工程そのものを守る戦いでもあるんだなと、話を聞いていて感じました。
冬のうちわがある理由、そして「オンリーワンよりナンバーワン」
電化製品が発達して自然の風が減ってきた今、扇がずに見て涼む『透かしうちわ』が生まれました。日用品としてのうちわから、工芸品の部分だけを引き上げたもの。
面白いのが、この透かしうちわが知られるようになってから「冬のうちわはないのか」と求める人が現れたこと。饗庭さんは最初、かなり驚いたといいます。築200年の家に住んでいて障子1枚、冬はとにかく寒い。自分の感覚からすると「冬のうちわ」なんて考えられなかった。でも落ち着いて考えてみて、「今の家は寒くないんや。逆に季節感がないんや」と気づいた。枯れないお花を部屋に置くように、うちわを置くことで冬の風情を感じたい人がいるのではないか。そこから、春夏秋冬それぞれの透かしうちわが生まれました。
もう一つ印象的だったのが「感性は、時代によって変わる」という話。20年前までは「作業台以外を見てはダメ」と言われて育ってきた饗庭さんたち職人。それが今は「世界を見て新しいものを作れ」と言われても、そんな癖も人材もない、と。だから作る人と売る人がうまく組み合わさって、組織として動く必要がある。
新しいものについての考え方もユニーク。「僕はあまり新しいものって出てないと思ってます」と饗庭さん。発想なんて若い時にポンと出るだけで、そこに技術がついてアレンジされていく。ユーミンでもサザンでも同じだと。だから一つの発想が出たら、その人はしばらくそこで輝き続けないといけない、という考え方でした。
最後に語ってくれたのが「オンリーワンよりナンバーワン」という言葉。饗庭さんは取材も受けるし、技も隠さず見せる。真似できるならしてみてほしい、というスタンス。「オンリーワン」ほどしんどいものはなくて、「ナンバーワン」は求められれば材料も人も出てくる。商売は100回投げて1発当たればいい、そのくらいの構えでいるとのこと。
おわりに一言
扇ぐだけの道具だと思っていたうちわに、悪魔を打ち払う神事の意味があったり、贈答文化を支えてきた歴史があったり、冬にも需要が生まれていたり。知れば知るほど、うちわの見え方が変わってきます。今年の夏、なんとなく使っていたうちわを、ちょっと違う目で見てみる。それだけで、暮らしの中に伝統がすっと入り込んでくる気がします。












