夏次郎商店とこぎん刺し|「いぱだだを履く。展」

夏次郎商店とこぎん刺し|「いぱだだを履く。展」

青森発のこぎん刺し作家、夏次郎商店さんが主催する「いぱだだを履く。展」。

東京・神保町にある明治17年創業の大和屋履物店さんでの開催が今年で5回目となりました。

今年2025年4月に開催された5回目の展示で、Whole Love KyotoのHANAO SHOESもコラボさせていただくご縁から、大和屋履物店5代目 船竜平さん、夏次郎商店さんのお二人と、展示について これまでのこと・これからのことをお話させていただきました。


※「いぱだだ」−青森の言葉で奇抜なこと、の意味。
※「いぱだだを履く。展」 を「いぱ履く」と略す。


まず、対談する3人の自己紹介


WLK 溝部:

私はデザイン会社「CHIMASKI」に所属し、「Whole Love Kyoto」というファッションブランドの運営をしています。⼤学に入学するタイミングで京都に移り住み、それまで全く知らなかった京都の⽂化や職⼈さんと出会う中で、どうしたら楽しく残していけるのか、楽しく変化させていけるのかというところに面白さがあると気づき、現在も仕事として続けています。夏次郎商店さんとは4年前、⻘森の弘前にあるCASAICOギャラリーさんでの展⽰に向けてコラボのお声がけをいただき、初めて京都以外の方と密に関わることができました。今回はその夏次郎商店さんからお話しをいただいて、⼤和屋履物店さんと夏次郎商店さんとのイベントに参加させていただいた、という経緯です。よろしくお願いします。


夏次郎商店さん:

⻘森出⾝です。夏次郎商店は来年で開店20周年となります。最初はこぎん刺しを用いて筆箱やコースターのような⼩物をずっとつくっていたのですが、途中からこぎん刺しの作家が増えてきたので、CASAICOさんや知り合いの⽅からアドバイスをいただき、こぎん刺しの花緒一本でやることにしました。以前から⼤和屋さんと充子さんの作品のファンで、(充子さんの)⼿ぬぐいを購入していたことがご縁で、一度勇気を出し「夏次郎商店です」と名乗ってみたところ、それがきっかけで仲良くしていただけるようになり、それ以来 毎年展⽰会をさせていただいております。

「東京でのHANAO SHOESの反応を⾒てみたいね」と溝部さん、CASAICOさんと以前からお話ししていたのですが、それが⼤和屋さんでの展⽰という形で実現しました。


大和屋 船曵さん:

⻯平と申します。 私は栃⽊県、川治温泉という⽇光市の⼭奥にある温泉地の旅館の三男坊として⽣まれました。⼤学卒業後は、⼀般企業の保険会社に就職し、東京本社に勤務していました。その頃に現在の妻と結婚したのですが、妻の実家が「⼤和屋履物店」を営んでいたことが私と大和屋との出会いのきっかけでした。ただ、結婚した当時は全然⼤和屋を継ぐというような意識もなく、なんかおもしろそうなお店やっているなという感じ。ひょんなことから私も⼀緒に加わってみましょうか?ということで2019年ぐらいに「⼤和屋履物店」としての仕事が本格的にスタートしました。


 

お二人の出会いと小倉充子さんの存在


大和屋 船曵さん:

私が本格的に⼤和屋履物本店で働く以前から夏次郎さんにはお店に来ていただいていて、⼩倉充⼦さんとも⾯識があり、充⼦さんから「おもしろい作家さんがいるよ」というお話を伺っていたんです。けれども我々も本当にしがない小さな下駄屋さんだったので、ギャラリーに出されているような作家さんに本当に声をかけていいのかなと。最初は恐る恐るだったんですけど、 勇気を出してインスタのDMで『こういうお店に今から⽣まれ変わろうとしていまして、イベントを開いていただけたらなと思っています』みたいな話をしました。そこで快諾をいただいて、改装初年度から連続で毎年開いてもらっているのがこの「いぱ履く」ですね。作家さんとお店がコラボレーションする可能性ってすごく広くあるなと思えるきっかけになった展⽰です。そこから⼤和屋履物店を営みながら、半分ギャラリーのようなことを続けているお店として改装後4年が経ったという、そんな流れです。


WLK 溝部:

改装して4年。36歳で5代⽬というのは、京都の様々な職⼈の方々や、これまで⽇本各地でお会いしてきた方々の中でも、中々いらっしゃらないので、本当に驚きました。ところで、奥さまのご実家である⼤和屋さんには、おいくつの時に加わられたんですか?


大和屋 船曵さん:

結婚2年目の30歳の時です。個⼈的にサラリーマンは嫌いじゃなかったし、転勤も嫌じゃなかった。ただ、⼩倉充⼦の作品って結構私の中で衝撃的で、あまりそういう世界を知らなかった私にもすごく突き刺さったものがありました。


WLK 溝部:

⼩倉充⼦さんは、⼤和屋履物店とどう関係していますか?


大和屋 船曵さん:

私の妻の叔母です。⼤和屋履物店で⽣まれ育った染めの作家で、これがなんで世に出ていないのか?と思うぐらい作品の魅力がすごくて。当時全然わからない私ですら⽴ち⽌まって「すごい」って思ったんです。




WLK 溝部:

それが先ほど⾔ってくださっていた、「ひょんなことから次の世代を考えるようになった」の ”ひょんなこと”ですか?


大和屋 船曵さん:

私にとって“ひょんなこと”は、もう一つあって。2019年の忘年会です。ずっと⼤和屋を切り盛りしてきた3代⽬の90歳近いおじいちゃんおばあちゃんがいて「お店って今後どうしていくんですか?」って聞いたら「どうにかはしたいのよね、このままじゃどうすることもできないし」って。いろいろやりたいこととか、こうなったらいいなという願望はあるけど、じゃあ誰がやるかわからないし、どうやったらいいのかもわからないし、なかなかくすぶっているって話だったので「じゃあ私も⼿伝いますから、次のステップを踏み出せたらいいじゃないですか」みたいな流れになったのが⼀番のきっかけだと思います

 

昔はどの町にも履き物屋があった


WLK 溝部:

婿入りした先で新しいことを始めるって、とても難しい⾯もあると思います。それでも悩みを聞いて「じゃあ僕も⼿伝いましょうか」というのは、すごく良い関係性ですね。


大和屋 船曵さん:

 保険会社にいたので、そういうのも含めて年齢差とか⽴場の違いとかを気にせず接するということに慣れがあったんだろうなと思います。仕事ってなった瞬間に家族っていうのをあまり意識しないというか、ちゃんと「仕事は仕事」を割り切っているというか。何より5代⽬っていうものをあまり「すごいもの」と捉えていないですね。今でも3代⽬、4代⽬、5代⽬それぞれの役割があります。ちゃんと家族の中で役割分担ができているので「⾃分が5代⽬じゃい!」みたいな意識はないし、必要ないと思っています。


WLK 溝部:

そうなんですね。 大和屋の皆さんの雰囲気がちょっとわかってきました。

夏次郎商店さんは、勇気を出して「夏次郎商店です」と名乗ってみたら、と先ほどおっしゃられていて。また船さんは2019年のプロジェクト開始のタイミングで「夏次郎さんにイベントのオファーをしてみよう」という、お互いのキュンって思うところがあったと思うんですけど、実際 船さんからお声がけいただいての印象はどうでしたか?


夏次郎商店さん:

声をかけたり、オファーをいただくという仰々しいことが、実にフランクに流れるように、お互いにそれを軽いなとも思わず。ごく⾃然にできたことがすごく⼤きいような気がします。⼈と⼈が接するにあたって、1ミリでも腹を探るような⼝調にならないというか。充⼦さんは本当に友達の家に遊びに来たぐらいの笑顔で、いつも出迎えてくれるんです。


大和屋 船曵さん:

多分、「いい意味であんまり伝統的なお店である」っていう意識もないまま今まで来ているわけです。どちらかというと、家族で のほほんと経営してましたっていうお店なんですよ。 その延⻑なので、うちのお店は「みんなで楽しくやっていきましょうよ」という感覚です。


夏次郎商店さん:

充⼦さんはいつも私が行くと両⼿を振りながら「夏次郎さ〜ん!」って⼩⾛りで⾛ってきてくれるのが本当にかわいくて。 ⼤和屋さんは5代⽬も含め、みんな愛らしいアルプスのハイジの、あの作画の感じがするんです(笑)。


大和屋 船曵さん:

昔はどの町にも履き物屋があって、別の町まで買いに⾏くっていうわけでもなかった。それが奇跡的に神保町に残っていたという、その延⻑線なんだと思います。


 

ー「いぱだだを履く。展」の開催、そしてこれから


夏次郎商店さん:

「いぱだだを履く。展」と銘打って、こぎん刺し花緒だけの展⽰が2017年から始まり、今年で24回⽬となります。最初はやっぱりちょっと気を衒った感じで「みんなに⾒てもらいたいな」という気持ちと「変わったことをしてるよ」ということを全面に押し出したい欲もあって、⻑めの展⽰名にしたんです。


WLK 溝部:

え、24回⽬!トータルこの23年で何⾜分、花緒をお作りになられたんですか?


夏次郎商店さん:

何⾜だろうな、、、。毎年100⾜弱作るので、900〜1000⾜ほど作ってます。ひとりで。 こわいです(笑)。


大和屋 船曵さん:

いや、すごいです本当に。 100⾜って200本ってことですからね。


WLK 溝部:

一針ずつ手作業でのこぎん刺し、計り知れないです。



大和屋 船曵さん:

やっぱり、毎年展示を開催させていただくっていうことって 作家さんも、私たちも、お互い緊張感があると思うんです。お店の責任として⼀定の売り上げがあることが⼤切なことだと思うので、やっぱり⾃分も、いろんな新しいことをお客様にどう届けたらいいのかなということを、毎年考えています。

その中で、去年 夏次郎さんがご紹介してくださったCASAICOさんとは津軽塗の下駄を作るプロジェクトも始められました。大和屋のスタンダードな下駄に夏次郎さんの花緒を挿げて楽しんでくださった⽅や夏次郎さんの『ナーモケネ』に挿げてくれている⼈が沢山いると思うんですけど「2⾜⽬どうですか?」という仕組みができたり。もちろん、この5年間で⼤和屋の発信⼒もついてきてると思うので、新しいお客さんにも楽しんでもらえるように、いろんな仕掛けを考えていきたいなと思っています。「⼤和屋には50⾜ぐらいでいいでしょ」って夏次郎さんに⾔われないように、毎回頑張りたい。花緒が200本並んだ意味を残したい。


WLK 溝部:

5代⽬、内側へのことと夏次郎商店さん、お客さんに対してのこと、バランスがとても良いですね。


大和屋 船曵さん:

私たちのお客様って物を買ってくれるだけではなく、作家さんにとっても⼤切なお客様でありビジネスパートナーだと思うので、全員にとってのウィンじゃないことはやっちゃいけないと思っています。それをやった瞬間、この世界ってすぐにバランスが崩れてしまいますからね。だからそのバランスをしっかり考えることが仕事だし、⼀番⼤事なことかなとも思います。


WLK 溝部:

夏次郎さんとしては大和屋さんとの5回目の今回の展示、いかがでしょうか?


夏次郎商店さん:

⼤和屋さんでの展⽰は、私にとって本当に特別なもので、⾝も蓋もない⾔い⽅をすると とても楽なんです。制作するのも1⼈が良かったりするのは、あまり⼈と関わらずに「生まれた作品が誰かと関わってくれたらいいな」というのがあるので、お店の⽚隅に座って、お客さんの接客をされる⼤和屋の皆さんを⾒ていられるという、この精神的な安⼼感がすごく良く、⼼から安⼼して展⽰ができる稀有な場所です。

お客様も割とセンスの鋭い方が多くて、企画展にかける情熱がすごいです。例えば職場のお昼休みにお財布を握りしめて、仕事着のままで来られる⽅もいらっしゃいます。変わったものや、⾃分の好きなものにまっすぐな結構尖り気味のファンキーなお客さんが多くて、開催するたびに刺激をもらえます。今年は、来年の20周年に向けて、新しいことにもいろいろ挑戦しました。津軽塗の新⾊と花緒の布の新⾊も今回は⽤意してますし、プラスHANAO SHOESも!今回は盛りだくさんです。


大和屋 船曵さん:

⾮常に嬉しいです。「楽だ」って⾔っていただけるのは、お店にとっても嬉しいことです。イベントを開くことの目的って、お客さまに「いらっしゃいませ」とお迎えするよりも、むしろお客さんと楽しくコミュニケーションをとったり、作家さんと交流することにあると思います。作家さんごとにイベントの雰囲気が変わるのも、むしろ良いことで、それができるのが⼤和屋の強みだと思います。うちには⼩倉充⼦という作家が身近にいることもあって、作家さんの気持ちを理解できる環境があります。なので、作家さんがどんな思いでイベントを開いているのか 話を聞いて考えることができたので、そこも強みだったんだろうと思います。


WLK 溝部:

お二⼈のお話を伺って、京都で這いつくばるように過ごしていたこの9年間のあいだ、 私の知らなかった景⾊や⽇常が、想像できたような気がしました。本当に私も参加する⾝でありながら、いちお客さん、いちファン、そして「はじめまして」の立場としてもすごく楽しませていただきました。来年の夏次郎さん20周年もとても楽しみです。



 

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